良寛ゆかりの地
みつぞういん
密蔵院
所在・寺泊町 片町 照明寺境内
あし・佐渡汽船前バス停 徒歩3分

 「ここは照明寺という真言宗の寺で、寺泊では屈指の大寺である。旧道から切通しになっている坂を入ってゆくと左手に照明寺の石段登り口がある。良寛は生涯のうち三度ほどここに移り住んだとつたえられる(中略)密蔵院はその境内の高台にある」(水上勉著「良寛を歩く」より)

 諸国放浪を終えた良寛が、漂然と越後に帰った最初の宿は郷本の空庵でしたが、半年ぐらいでやがて行方を絶ってしまったのでした。そして再び寺泊に帰ってきて、密蔵院に仮住いしたのでした。

 密蔵院は平屋建ての小さな庵でいかにも簡素至極な風情をたたえて、眼下に海を望む高台にひっそりとした佇(たたず)まいをみせています。茶室風の部屋とゆかりの軸物などがあり、良寛はここに住んで托鉢に出たり、掃除をしたりして悠々白適の生活をおくっていたようです。そして、ここが気に入ったとみえて、多くの詩歌を残しています。
おほとのの はやしのもとをきよめつつ
    きのふも けふも くらしつるかも
 これは、境内の歌碑に彫られており、良寛がこよなくここを愛して「大殿の森の下庵夜あくれば鴉鳴くなり朝清めせむ」とも詠んで、いつも庭をはききよめて日々を送っていた様子がしのばれます。

 良寛の寺泊での逸話は多く知られていますが、なかでも良寛が托鉢の最中、遊女に呼びとめられて、おはじき遊びに興じたり、お金を貸していた男から借金の催促をされ、良寛はしかたなしにちびた筆で歌を書いて借金を帳消しにしてもらったなど、人間良寛の寺泊での暮しぷりがほのぽのと伝わってくるようです。

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