明治 津川小学校分校鹿瀬校(福島県東蒲原郡鹿瀬村)として多宝寺領内に設置される。(児童数32名)
公立鹿瀬小学校として分離独立する。(5月25日)
10 向鹿瀬出張校開校する。(竜蔵寺内)毎年11月~4月
19 校堂新築竣工する。(経費約620円)
勅令により新潟県に属する。(児童数75名)
20 小学校令改正により、尋常科鹿瀬小学校と称す。
25 東蒲原郡村立鹿瀬尋常小学校と称す。
27 校舎の増築竣工。(金額95円)
35 児童数の増加により校舎新築。(工費1327円)
41 小学校令改正により義務年限6年となる。このため、校舎増築する。(工費540円)(児童数209名)
42 鹿瀬尋常小学校と称す。(児童数213名)
大正 草倉銅山休山となり草倉尋常小学校が鹿瀬尋常小学校に統合される。
昭和 校旗樹立式挙行。校旗の価格は105円30銭。(付属品一切)
両鹿瀬村立鹿瀬尋常小学校向鹿瀬分教場竣工。(13700円)(390名)
両鹿瀬村立鹿瀬尋常高等小学校第一部(本校)第二部(分教場)にわかれる。第一部新校舎落成式挙行する。
第二部校(現在の鹿瀬小)の増築校舎落成。読方、算術教育研究会を開催。第一部校において、創立60周年記念式典を挙行する。
10 第二部校の北校舎増築工事竣工する。
11 両鹿瀬村立鹿瀬尋常高等小学校と同向鹿瀬尋常高等小学校に分離、独立。 
14 向鹿瀬尋常高等小学校の南校舎増築する。同時に校庭貫通の下水工事も完了する。(工費900円)
16 紀元2600年記念事業のひとつとして向鹿瀬尋常高等小学校歌制定。向鹿瀬国民学校と改称。(552名)
19 東京深川区毛利国民学校より170名学童疎開。
22 両鹿瀬村立向鹿瀬小学校と改称する。(712名)
25 西校舎増築。新潟大学田坂教授を迎えて指定校総合研究会開催。
28 本校と鹿瀬小学校を統合し、両鹿瀬小学校として発足する。(1002名)
29 東校舎(鉄筋3階建て6教室)工事落成式挙行。
30 町村合併により、鹿実谷村立鹿瀬小学校と改称。(1151名)
31 町名変更、鹿瀬町となり鹿瀬町立鹿瀬小学校と改称。
32 第三校舎改築工事竣工式挙行(鉄筋コンクリート3階建て、工費3千万円)
33 昭和電工と昭和合成の合併により児童数最高を記録する。(1396名)
34 屋内体育館改築工事竣工式挙行(工費2千万円)(1376名)
36 給食調理室改築(費用360万円)これより完全給食に移行する。
38 校旗授与式及び校歌制定記念式挙行。(861名)
39 特殊学級設置。(児童数499名)
43 児童数の減少により、北校舎解体。(360名)
46 プール完工。総工費9536万円。県指定家庭教育研究会を開催。
50 創立100周年記念式典を挙行する。君芳子氏を迎えピアノ開きを挙行。
60 創立110周年記念式典を挙行する。
62 第14回三市中東蒲小・中学校学習指導研究大会を本校にて開催。
平成 校舎建設特設委員会を設け、他校視察と基本設計作成。
旧校舎一部とりこわしと、新校舎(教室・管理棟)の完成。
新体育館、プール完成。
グラウンド完成。総合竣工式挙行。
創立120周年記念ピアノ開き。
第4回全国小・中学校環境教育優秀賞を受賞。
県小研、郡小研指定音楽研究発表会
子供貯金信越郵政局長賞受賞。
12 「たんぽぽ学級」開設。
16 第31回三市中東蒲小・中学校学習指導研究大会並びに郡小研指定音楽研究発表会を本校にて開催。5,6年総合的な学習とたんぽぽ学級生活単元学習を公開。
17 町村合併により、鹿瀬町立鹿瀬小学校より阿賀町立鹿瀬小学校に改称
  27  創立140周年記念式典挙行
  30  閉校記念式典挙行。惜別の会開催。閉校記念誌発行(3月)



作詞  栃倉  巧
作曲  波多野修吾

作詞  波田野貴子 / 補作  錫村  亘
作曲  錫村  亘
  1 青空広く 高嶺の飯豊
  かがやく朝日に われらの希望
  力を合わせて むつまじく
  あしたの鹿瀬を つくるのだ
  ああ われらの鹿瀬小学校 
 1 春になれば 
  雪がとけて
  鹿瀬の町は
  たんぽぽや つくしで
  いっぱいになる
  2 阿賀の流れに きらめく銀波
  おどる若鮎 われらの力
  明るく清く たくましく
  明日の日本を きずくのだ
  ああ われらの鹿瀬小学校
 2 夏になれば
  みどりはもえ
  鹿瀬の町は
  ひぐらしの なくねに
  みちみちる
 校歌を聴く  3 秋になれば
  あさぎりわき
  鹿瀬の町は
  ななかまどや かえでの
  もみじできれい
 鹿瀬の四季を聴く   4 冬になれば
  雪の世界
  鹿瀬の町は
  スキーやそりの子
  元気いっぱい